公害薬害職業病 被害者補償・救済の改善を求めて 第3回 戦後70年 被害者補償・救済の現在

*清水唯史がスタッフをしています。


 戦後70年の歩みの中で、化学物質・薬剤・放射能などによる大規模な環境汚染や健康被害の発生は忘れるわけにはいきません。そうした被害者の補償や救済について、私たちの社会はいかに対処してきたでしょうか。

 公害薬害職業病補償研究会では2007年の発足以来、戦後日本の公害・薬害・職業病などにおいて、それぞれ別建てで構築された補償救済制度・協定などについて、改善をめざすためあらゆる観点から横断的比較研究を行ってきました。

 第3回に登場するイタイイタイ病、新潟水俣病、スモンは、いずれも戦後の公害・薬害を象徴する大事件です。3事件における制度比較から見える教訓と課題を考えます。

 政策担当者や研究者はもちろん、公害や薬害の健康被害に関心をもつ多くの市民の皆様のご参加をお待ちしています。


日時:2015年11月29日(日)13:30~16:45(13:00開場)

会場:明治大学 駿河台キャンパス リバティタワー 1103教室(10階)

   東京都千代田区神田駿河台1-1

   JR中央線・総武線・東京メトロ丸ノ内線【御茶ノ水駅】下車徒歩約3分

   東京メトロ千代田線【新御茶ノ水駅】下車徒歩約5分

   都営地下鉄三田線・新宿線・東京メトロ半蔵門線【神保町駅】下車徒歩約5分 

   https://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html

資料代:1,000円


《プログラム》(敬称略 順不同)

 ○ 基調講演「公害薬害等被害者への補償はどうあるべきか」

   淡路 剛久(立教大学名誉教授、環境法)

   1964年、東京大学法学部卒業後、同学部助手を経て立教大学法科大学院教授・同研究科委員長を歴任。

   パリ12大学名誉博士。著書に『公害賠償の理論』『環境権法理と裁判』『スモン事件と法』『紛争と民法』

   など多数。民法・環境法の第一人者。

 ○各報告とパネルディスカッション

  ●「イタイイタイ病」

   水谷敏彦(イタイイタイ病訴訟弁護団)

   岐阜県の三井金属鉱業・神岡鉱山からのカドミウムを含む未処理廃水が神通川に流され、下流・富山県の水

   田地帯を汚染。水や農産物を通じてカドミウムを摂取した人々の骨や腎臓などに著しい健康被害が発生し

   た。1968年患者・遺族28人が三井金属鉱業を提訴、1971年の一審判決、1972年の控訴審判決でいずれも原

   告が勝訴、三井金属は上告を断念し判決が確定した。その後、国の基準では公害病と認められていないカド

   ミウム腎症の被害者について争いが続いていたが、2013年に三井金属が一時金を支払い謝罪を行う形で和解

   が成立した。   

  ●「新潟水俣病」

   萩野直路(新潟水俣病第三次訴訟事務局)

   昭和電工が阿賀野川で引き起こした第二の水俣病。当時、阿賀野川には漁師が2400名ほどおり、川魚を多食

   した地域住民に被害が広がった。1965年に水俣病と確認され、阿賀野川下流域の認定患者が四大公害裁判の

   先陣を切って1967年提訴、1971年判決で昭和電工の責任が確定、1973年補償協定締結。その後、国の認定

   基準をめぐる裁判で水俣病と認めない決着が二度図られ、医療手帳、被害者手帳の制度が作られた。公式確

   認から50年、いまも水俣病と認めさせるための裁判が続いている。

  ●「スモン」

   片平洌彦(臨床・社会薬学研究所所長)

   整腸剤として市販・投与されたキノホルムによって神経障害などの健康被害が引き起こされた大規模な薬害

   事件。1960年代、1万人以上の被害者が発生したとされる。1971年以降、田辺製薬などの製薬企業と国に対

   する訴訟が全国で起こされ、1979年までに大多数の患者と被告の間に和解が成立した。司法が患者判定も担

   う「スモン方式」は立法によらぬ被害救済の一つのモデルとしてその後の薬害事件でも引き継がれた。

  

主催:公害薬害職業病補償研究会

後援:日本環境会議(JEC)


水俣

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