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批評誌クアトロガトス



























































































































































































































































































































































































































08年6月


アンティゴネーの命運





 いったい、いつからだろう。今そうしているように、何か書くという時には、パソコンを用いて行うのが当然のようになり、久しく、原稿用紙の桝目を埋めるということをしていない。仕事柄、手書きの文章を書いていないわけではない。他者の文章に対する注釈というかたちで、何もまだ書かれていない余白に手書きで何事かを書く、赤い文字で一字一字余白を満たす、ということをこの10数年にわたり、のべ10000人ほどの人々を対象として行ってきたのだから。書かなければならないことを与えられ、それについて書きたいことがないわけではないが、書きたいことを書きたいように書くことができていない人々に対して、なぜ、それが書きたいのか、を問い、なぜ、そのようにして書いたのか、を問いながら、何についてどのように書けばよいのかを教える。場合によっては、何が書きたいのかがわからない人々に、書きたいはずのものを提示する。それは相手に、「おまえは何を望むのか」、と問いかける精神分析に似ている。しかし、それ以上にそれは、何者かの要請に応じて、今はこの世には肉体をもたぬ霊魂を呼び寄せ、自分の身体を貸し与えて語らせながら「生ける死者」とともに在る、霊媒のふるまいに限りなく似ている。

 原稿用紙の桝目を埋める、と言うときの「埋める」の「埋」は「埋葬」の「埋」である。「埋める」というのは、穴や空所を満たす、また、中に入れた物の上をおおって見えなくする、うずめる、ことをいう。原稿用紙の桝目を埋める、というのがさしあたっては、「埋める」という言葉の意味のなかで、「穴や空所を満たす」というものにあたることは間違いない。薄明るい茶色や薄明るい緑の罫線で囲まれた何もまだ書かれていない四角い桝目を、ひとつずつ文字で満たしていく、それが「書く」ということである、と誰かから教わった。そのような行為を「書く」と呼ぶことが、とある時代のとある場所に限定された特殊なものであるということをめぐる問題は、さしあたっておいておけばいいだろう。

 何かを書くときに時々とらわれる奇妙な眩暈、今、ここ、から、別のいつか、どこかに連れ出される時に感じるのかもしれない眩暈、に似た感覚は、原稿用紙の桝目を埋める、と言うときの「埋める」が「穴や空所を満たす」だけのものに留まらず、「中に入れた物の上をおおって見えなくする、うずめる」ことでもあるかのように、思われることから生じている。そして、そのような意味で用いられるときの「埋める」が、弔いの儀式において行われる行為であるというひとつの事実が、自分が知らぬまに誰かを殺し、その弔いを行っているような、しかも、絶えずその弔いをし損じているような、そんな気持ちをふと呼び醒ます。

 言語をめぐり思考しながら、シニフィアンとシニフィエ、範例と統辞という概念対を用いて、構造主義が明るみに出したのは、何かを語る、という行為は「選別」と「排除」を必然的にともなうものであり、語ることで、語られなかった言葉を絶えず殺し、その言葉を語り得たかもしれない何者かを殺している、という、きわめてありふれた残酷な事実に他なるまい。おそらく、その事実に間断なく意識的であろうとすることは、不可能ではないまでも困難であり、たとえばそれは、ソフォクレスの『アンティゴネー』や『僭主オイディプス』を翻訳しようとするヘルダーリンのあの身振りの困難さや、アナグラム研究に取り憑かれたソシュールのあの身振りの困難さを、思い出させるかもしれない。あるいは、綴り字でもあれば音でもありリズムを刻みもする小辞gl をめぐって展開されるデリダの Glas 『弔鐘』での思考が、それを読む者の身をすくませ、時に、蝕む、そのことを思い出すこともありえよう。デリダ本人がその著作を書いた折に、大病を患ったのも、おそらく由のないことではあるまい。それらの身振りや思考のうちに見られるのは、ひとつの凶々しい誠実さ、ふざけているのかと、遊戯に耽っているのかとみえるほどまでの誠実さがもたらす、ひとつの凶々しさに他ならず、その凶々しさに魅入られし者の命運は、生きながらの死、アンティゴネーがクレオーンによって与えられた、あの生きながらの死、それ以外にはないのかもしれない。

 アンティゴネーの2人の兄のうち、エテオクレース(「真の栄誉を与えられし者」)はその亡骸をしかるべきしきたりに則って埋葬され、弔われた。だが、国を裏切り、兄弟と戦いエテオクレースと刺し違えて亡くなったポリュネイケース(「多くの勝利たち」)の亡骸は、王であるクレオーンの令により、埋葬もされず弔われもせず、野ざらしにされ、鳥獣が屠るがままにされた。

 クレオーンのこの行為は、それこそが「書く」だと常識的に思われている行為、誰かの「語り下ろし」を「写す」という行為に他ならない。メルヴィルの『代書人バートルビー』のあのバートルビーならば、I would prefer not to. 「せずにすめばありがたいのですが」と言うに違いない、そうした行いでもある。「それは書くという行為ではない」。語ることを通じて、殺戮された言葉を、埋葬され弔われるべきものとそうでないものとに分ける統制の身振りが、もちろん、それは何よりもまず「近代国家」によって繰り返し行われてきた身振りであるのだが、それが「書く」という行為なのだ、ということを疑うことはない。たとえば、それがたとえフーコーやドゥルーズの名のもとに「近代国家」を批判する文章であっても、その批判という行為それ自体において「近代国家」の統制の身振りが繰り返されていることに鈍感な文章は、いたるところに流通し、遍在している。そのように言葉を分けることが、その言葉を使い得たかもしれない他者、それはいつかどこかで自分でもあるだろう他者である、を殺し、埋葬もせず、弔いもしない、そうした「はしたなさ」を露呈させていることに無自覚である限り、クレオーンとなることをやめられない。なるほど、埋葬し弔うことをまったく行っていないわけではない。誰かがどこかで殺した言葉の亡骸を抱き起こし、拾い上げ、四角い桝目に安置し、埋める、それはひとつの埋葬であり、弔いである。しかし、そのことによって、他の誰かを埋葬し弔うことを禁じていないかどうか、その「禁止」に対してどのように自分がふるまっているか、「語らないことの困難さ」と「書くことの不可能性」にどこまで抗いえているか、それを誰かから問われることなしに、そして、その誰かに対するとりあえずの答えを記すことなしに、「書く」があるのか。アンティゴネーはそう問いかける。

 統制に逆らいアンティゴネーは、打ち捨てられ、野ざらしにされ、鳥獣が屠るがままになった言葉の亡骸を抱き起こし、拾い上げ、埋葬し弔う。「書く」とはそういうことではないか。統制によって殺戮されたあの言葉たちの無惨さに自覚的であるものだけに可能な、そうした行為、それが「書く」ということであり、埋葬され弔われるべき言葉とそうでない言葉とを分けることなく何かを「書く」ことが困難であり、おそらくは不可能であることに、意識的であろうとすることなしに、何かを批判することなどできないのではないか。アンティゴネーが打ち捨てられ、野ざらしにされ、鳥獣の屠るがままにされたポリュネイケースの亡骸に土をかけ、埋め弔うという行為が、そして、クレオーンに「おまえがやったのか」と問われ、「はい私がやりました、やってないとは申しません」、「私は私の行いを打ち消したりはしません」とアンティゴネーが答える行為が、クレオーンへの批判たりうるとすればそれは、アンティゴネーが行った行為が「書く」という行為に他ならないからではないか。

クレオーンは闘うアンティゴネーのそのふるまいを恐れながら、二度笑いものにする。一度目は、その埋葬行為を行ったのがアンティゴネーだとはまだ知らぬときに。クレオーンがすでに出した令に従い、アンティゴネーがこしらえたポリュネイケースの墓は暴かれ、亡骸はふたたび晒し者にされる。アンティゴネーが「いくら書いても」無駄なのだ、とクレオーンは笑う。

そのふるまいは、「読む」という行為だと通常考えられているものに該当する。目の前の文章が隠している意味をヴェールをはぐように暴き立て、あるいは、書き手の隠された意図を探り当てること、「解釈する」こと、それが「読む」だと、信じている。そうではないだろう、と『テクストの快楽』の著者ならば穏やかに言うだろうし、あるいは、『マラルメの想像的宇宙』の著者、そして、『かたちの生命』の著者もまた、同じように穏やかに口にするはずだ。「それは読むという行為ではない」。そして、アンティゴネーもまた、そうではない、とふるまいを通じて断言し、主張する。

アンティゴネーはまたもや晒し者にされたポリュネイケースをふたたび埋葬し弔う。一度目のアンティゴネーの埋葬し弔う行為が「書く」であるならば、この反復された行為はまずは「書き直す」という行為であるといえるが、それはまた「読む」という行為でもある。一度目にこしらえた墓を再現しようとするのではなく、反復しようと試みること。墓の痕跡に瞳を凝らし、もう一度墓をこしらえようとすること。そのとき、墓は一度目にこしらえられた墓だけでなく、これまでにどこかで誰かの手によりこしらえられた墓、そして、これからどこかで誰かの手によりこしらえられるであろう墓に似る。墓は、今、ここ、とは違う、いつか、どこかへと縦横無尽につながりながら、それでも、今、ここにとどまり続ける。「読む」というのは、そうした墓たちのつながりに瞳を凝らすことだ。深さのない表面に繰り広げられる墓たちのつながりに、ただただ、ひたすらに。

「書き、読む」アンティゴネーをクレオーンはもう一度笑いものにし、嘲る。自分が「男でなくなることに」怯えながら。「私の生きている間は、女の勝手にはさせぬぞ」と強がりながら。そして、アンティゴネーに生きながらの死が与えられる。その直前に、アンティゴネーが口にした言葉を、はたして憶えているだろうか。


私は憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついたもの


 今、何かを書いたのだろうか。そして、何かを読んだのだろうか。アンティゴネーのように。もし、それができたのだとしたら、この文章に署名された名は、誰の名なのだろう。そこに記されたのは「あなたの名」だけでしかなく、そしてその「あなたの名」は「あなただけの名」でしかないのだろうか。その名が、「アンティゴネー」でもあることを望むのは、書く者の夢ではないか。クレオーンが決して見ることのない夢。アンティゴネーが自分の名が「ポリュネイケース」でもあることを夢見たように、あなたの名が「アンティゴネー」でもあることを夢見ること。

 言葉を殺すことなしに、何も語ることはできないし、考えることはできない。構造主義はそう教える。「私」とはそうした殺害行為の果てに生まれた何者かだ。「私」はつねにすでにクレオーンの亡霊に取り憑かれている。それ以外の「私」はどこにもいないのだろうか。「憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついた私」。生きながらの死を与えられ、自ら首をくくったアンティゴネーの行いを反復するのは、婚約者アンティゴネーの死を悲しみ自害したハイモーンの死の報せ、おそらくは赤い血にまみれ、その血の赤でアンティゴネーの亡骸をも染めたであろうその愛する息子の死の報せを受けた母であり、クレオーンの妻であるエウリュディケー(「寛き正義」)である。彼女と「同じ名」をもつ、もうひとりのエウリュディケーが、その問い、もはやアンティゴネーには問いかけようのない問い、に答えてくれるかもしれない。だが、それはまた別の物語である。



アンティゴネーの命運

(彼女version)




 いったい、いつからだろう。今そうしているように、何か書くという時には、パソコンを用いて行うのが当然のようになり、久しく、原稿用紙の桝目を埋めるということをしていない。手書きの文章を書いていないわけではない。他者の文章に対する注釈というかたちで、何もまだ書かれていない余白に手書きで何事かを書く、赤い文字で一字一字余白を満たす、ということをこの10数年にわたり、のべ10000人ほどの人々を対象として行ってきたのだから。書かなければならないことを与えられ、それについて書きたいことがないわけではないが、書きたいことを書きたいように書くことができていない人々に対して、なぜ、それが書きたいのか、を問い、なぜ、そのようにして書いたのか、を問いながら、何についてどのように書けばよいのかを教える。場合によっては、何が書きたいのかがわからない人々に、書きたいはずのものを提示する。それは相手に、「おまえは何を望むのか」、と問いかける精神分析に似ている。しかし、それ以上にそれは、何者かの要請に応じて、今はこの世には肉体をもたぬ霊魂を呼び寄せ、自分の身体を貸し与えて語らせながら「生ける死者」とともに在る、霊媒のふるまいに限りなく似ている。

 原稿用紙の桝目を埋める、と言うときの「埋める」の「埋」は「埋葬」の「埋」である。「埋める」というのは、穴や空所を満たす、また、中に入れた物の上をおおって見えなくする、うずめる、ことをいう。原稿用紙の桝目を埋める、というのがさしあたっては、「埋める」という言葉の意味のなかで、「穴や空所を満たす」というものにあたることは間違いない。薄明るい茶色や薄明るい緑の罫線で囲まれた何もまだ書かれていない四角い桝目を、ひとつずつ文字で満たしていく、それが「書く」ということである、と誰かから教わった。そのような行為を「書く」と呼ぶことが、とある時代のとある場所に限定された特殊なものであるということをめぐる問題は、さしあたっておいておけばいいだろう。

 何かを書くときに時々とらわれる奇妙な眩暈、今、ここ、から、別のいつか、どこかに連れ出される時に感じるのかもしれない眩暈、に似た感覚は、原稿用紙の桝目を埋める、と言うときの「埋める」が「穴や空所を満たす」だけのものに留まらず、「中に入れた物の上をおおって見えなくする、うずめる」ことでもあるかのように、思われることから生じている。そして、そのような意味で用いられるときの「埋める」が、弔いの儀式において行われる行為であるというひとつの事実が、自分が知らぬまに誰かを殺し、その弔いを行っているような、しかも、絶えずその弔いをし損じているような、そんな気持ちをふと呼び醒ます。

 言語をめぐり思考しながら、シニフィアンとシニフィエ、範例と統辞という概念対を用いて、構造主義が明るみに出したのは、何かを語る、という行為は「選別」と「排除」を必然的にともなうものであり、語ることで、語られなかった言葉を絶えず殺し、その言葉を語り得たかもしれない何者かを殺している、という、きわめてありふれた残酷な事実に他なるまい。おそらく、その事実に間断なく意識的であろうとすることは、不可能ではないまでも困難であり、たとえばそれは、ヘーゲルの同級生のひとりがソフォクレスの『彼女』や『僭主オイディプス』を翻訳しようとするのあの身振りの困難さや、フランスで講義を行ったスイス生まれの言語学者がその晩年に取り憑かれたアナグラム研究のあの身振りの困難さを、思い出させるかもしれない。あるいは、綴り字でもあれば音でもありリズムを刻みもする小辞gl をめぐって展開されるフランスの脱構築の哲学者の Glas 『弔鐘』での思考が、それを読む者の身をすくませ、時に、蝕む、そのことを思い出すこともありえよう。本人がその著作を書いた折に、大病を患ったのも、おそらく由のないことではあるまい。それらの身振りや思考のうちに見られるのは、ひとつの凶々しい誠実さ、ふざけているのかと、遊戯に耽っているのかとみえるほどまでの誠実さがもたらす、ひとつの凶々しさに他ならず、その凶々しさに魅入られし者の命運は、生きながらの死、彼女がクレオーンによって与えられた、あの生きながらの死、それ以外にはないのかもしれない。

 彼女の2人の兄のうち、エテオクレース(「真の栄誉を与えられし者」)はその亡骸をしかるべきしきたりに則って埋葬され、弔われた。だが、国を裏切り、兄弟と戦いエテオクレースと刺し違えて亡くなったポリュネイケース(「多くの勝利たち」)の亡骸は、王であるクレオーンの令により、埋葬もされず弔われもせず、野ざらしにされ、鳥獣が屠るがままにされた。

 クレオーンのこの行為は、それこそが「書く」だと常識的に思われている行為、誰かの「語り下ろし」を「写す」という行為に他ならない。あるアメリカの作家の『代書人バートルビー』のあのバートルビーならば、I would prefer not to. 「せずにすめばありがたいのですが」と言うに違いない、そうした行いでもある。「それは書くという行為ではない」。語ることを通じて、殺戮された言葉を、埋葬され弔われるべきものとそうでないものとに分ける統制の身振りが、もちろん、それは何よりもまず「近代国家」によって繰り返し行われてきた身振りであるのだが、それが「書く」という行為なのだ、ということを疑うことはない。たとえば、それがたとえ現代フランスの思想家や哲学者の名のもとに「近代国家」を批判する文章であっても、その批判という行為それ自体において「近代国家」の統制の身振りが繰り返されていることに鈍感な文章は、いたるところに流通し、遍在している。そのように言葉を分けることが、その言葉を使い得たかもしれない他者、それはいつかどこかで自分でもあるだろう他者である、を殺し、埋葬もせず、弔いもしない、そうした「はしたなさ」を露呈させていることに無自覚である限り、クレオーンとなることをやめられない。なるほど、埋葬し弔うことをまったく行っていないわけではない。誰かがどこかで殺した言葉の亡骸を抱き起こし、拾い上げ、四角い桝目に安置し、埋める、それはひとつの埋葬であり、弔いである。しかし、そのことによって、他の誰かを埋葬し弔うことを禁じていないかどうか、その「禁止」に対してどのように自分がふるまっているか、「語らないことの困難さ」と「書くことの不可能性」にどこまで抗いえているか、それを誰かから問われることなしに、そして、その誰かに対するとりあえずの答えを記すことなしに、「書く」があるのか。彼女はそう問いかける。

 統制に逆らい彼女は、打ち捨てられ、野ざらしにされ、鳥獣が屠るがままになった言葉の亡骸を抱き起こし、拾い上げ、埋葬し弔う。「書く」とはそういうことではないか。統制によって殺戮されたあの言葉たちの無惨さに自覚的であるものだけに可能な、そうした行為、それが「書く」ということであり、埋葬され弔われるべき言葉とそうでない言葉とを分けることなく何かを「書く」ことが困難であり、おそらくは不可能であることに、意識的であろうとすることなしに、何かを批判することなどできないのではないか。彼女が打ち捨てられ、野ざらしにされ、鳥獣の屠るがままにされたポリュネイケースの亡骸に土をかけ、埋め弔うという行為が、そして、クレオーンに「おまえがやったのか」と問われ、「はい私がやりました、やってないとは申しません」、「私は私の行いを打ち消したりはしません」と答える行為が、クレオーンへの批判たりうるとすればそれは、行った行為が「書く」という行為に他ならないからではないか。

クレオーンは闘う彼女のそのふるまいを恐れながら、二度笑いものにする。一度目は、その埋葬行為を行ったのが彼女だとはまだ知らぬときに。クレオーンがすでに出した令に従い、彼女がこしらえたポリュネイケースの墓は暴かれ、亡骸はふたたび晒し者にされる。「いくら書いても」無駄なのだ、とクレオーンは笑う。

そのふるまいは、「読む」という行為だと通常考えられているものに該当する。目の前の文章が隠している意味をヴェールをはぐように暴き立て、あるいは、書き手の隠された意図を探り当てること、「解釈する」こと、それが「読む」だと、信じている。そうではないだろう、と『テクストの快楽』の著者ならば穏やかに言うだろうし、あるいは、『マラルメの想像的宇宙』の著者、そして、『かたちの生命』の著者もまた、同じように穏やかに口にするはずだ。「それは読むという行為ではない」。そして、彼女もまた、そうではない、とふるまいを通じて断言し、主張する。

彼女はまたもや晒し者にされたポリュネイケースをふたたび埋葬し弔う。一度目の彼女の埋葬し弔う行為が「書く」であるならば、この反復された行為はまずは「書き直す」という行為であるといえるが、それはまた「読む」という行為でもある。一度目にこしらえた墓を再現しようとするのではなく、反復しようと試みること。墓の痕跡に瞳を凝らし、もう一度墓をこしらえようとすること。そのとき、墓は一度目にこしらえられた墓だけでなく、これまでにどこかで誰かの手によりこしらえられた墓、そして、これからどこかで誰かの手によりこしらえられるであろう墓に似る。墓は、今、ここ、とは違う、いつか、どこかへと縦横無尽につながりながら、それでも、今、ここにとどまり続ける。「読む」というのは、そうした墓たちのつながりに瞳を凝らすことだ。深さのない表面に繰り広げられる墓たちのつながりに、ただただ、ひたすらに。

「書き、読む」彼女をクレオーンはもう一度笑いものにし、嘲る。自分が「男でなくなることに」怯えながら。「私の生きている間は、女の勝手にはさせぬぞ」と強がりながら。そして、彼女に生きながらの死が与えられる。その直前に、彼女が口にした言葉を、はたして憶えているだろうか。


私は憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついたもの


 今、何かを書いたのだろうか。そして、何かを読んだのだろうか。彼女のように。もし、それができたのだとしたら、この文章に署名された名は、誰の名なのだろう。そこに記されたのは「あなたの名」だけでしかなく、そしてその「あなたの名」は「あなただけの名」でしかないのだろうか。その名が、「彼女の名」でもあることを望むのは、書く者の夢ではないか。クレオーンが決して見ることのない夢。彼女が自分の名が「ポリュネイケース」でもあることを夢見たように、あなたの名が「彼女の名」でもあることを夢見ること。

 言葉を殺すことなしに、何も語ることはできないし、考えることはできない。構造主義はそう教える。「私」とはそうした殺害行為の果てに生まれた何者かだ。「私」はつねにすでにクレオーンの亡霊に取り憑かれている。それ以外の「私」はどこにもいないのだろうか。「憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついた私」。生きながらの死を与えられ、自ら首をくくった彼女の行いを反復するのは、婚約者である彼女の死を悲しみ自害したハイモーンの死の報せ、おそらくは赤い血にまみれ、その血の赤で彼女の亡骸をも染めたであろうその愛する息子の死の報せを受けた母であり、クレオーンの妻であるエウリュディケー(「寛き正義」)である。彼女と「同じ名」をもつ、もうひとりのエウリュディケーが、その問い、もはや彼女には問いかけようのない問い、に答えてくれるかもしれない。だが、それはまた別の物語である。



アンティゴネーの命運

(I version)


小多悠(BLディレッタント)


 いったい、いつからだろう。今そうしているように、何か書くという時には、パソコンを用いて行うのが当然のようになり、久しく、原稿用紙の桝目を埋めるということをしていないことに、ふと、思い至る。仕事柄、手書きの文章を書いていないわけではない。他者の文章に対する注釈というかたちで、何もまだ書かれていない余白に手書きで何事かを書く、ということをこの10数年にわたり、のべ10000人ほどの人々を対象として行ってきたのだから。書かなければならないことを与えられ、それについて書きたいことがないわけではないが、書きたいことを書きたいように書くことができていない人々に対して、なぜ、それが書きたいのか、を問い、なぜ、そのようにして書いたのか、を問いながら、何についてどのように書けばよいのかを教える。それが私の仕事だ。それは相手に、「おまえは何を望むのか」と問いかける精神分析に似ている。しかし、それ以上にそれは、何者かの要請に応じて、今はこの世には肉体をもたぬ霊魂を呼び寄せ、自分の身体を貸し与えて語らせながら「生ける死者」とともに在る、霊媒のふるまいにどこか似ている。

 原稿用紙の桝目を埋める、と言うときの「埋める」の「埋」は「埋葬」の「埋」である。「埋める」というのは、穴や空所を満たす、また、中に入れた物の上をおおって見えなくする、うずめる、ことをいう。原稿用紙の桝目を埋める、というのがさしあたっては、「埋める」という言葉の意味のなかで、「穴や空所を満たす」というものにあたることは間違いない。薄明るい茶色や薄明るい緑の罫線で囲まれた何もまだ書かれていない四角い桝目を、ひとつずつ文字で満たしていく、それが「書く」ということである、と私は誰かから教わった。そのような行為を「書く」と呼ぶことが、とある時代のとある場所に限定された特殊なものであるということをめぐる問題は、さしあたっておいておく。

 何かを書くときに最近時々とらわれる奇妙な眩暈、今、ここ、から、別のいつか、どこかに連れ出される時に感じるのかもしれない眩暈、に似た感覚は、原稿用紙の桝目を埋める、と言うときの「埋める」が「穴や空所を満たす」だけのものに留まらず、「中に入れた物の上をおおって見えなくする、うずめる」ことでもあるかのように、思われることから生じている。そして、そのような意味で用いられるときの「埋める」が、弔いの儀式において行われる行為であるというひとつの事実が、自分が知らぬまに誰かを殺し、その弔いを行っているような、しかも、絶えずその弔いをし損じているような、そんな気持ちを呼び醒ます。

 構造主義が言語をめぐり思考しながら、シニフィアンとシニフィエ、範例と統辞という概念対を用いて明るみに出したのは、何かを語る、という行為は「選別」と「排除」を必然的にともなうものであり、われわれは語ることで、絶えず語られなかった言葉を殺し、その言葉を語り得たかもしれない何者かを殺している、という、きわめてありふれた残酷な事実に他なるまい。おそらく、その事実に間断なく絶えず意識的であろうとすることは、不可能ではないまでも困難であり、たとえばそれは、ソフォクレスの『アンティゴネー』や『僭主オイディプス』を翻訳しようとするヘルダーリンのあの身振りの困難さや、アナグラム研究に取り憑かれたソシュールのあの身振りの困難さを、ひとに思い出させるかもしれない。あるいは、綴り字でもあれば音でもありリズムを刻みもする小辞gl をめぐって展開されるデリダの Glas 『弔鐘』での思考が、それを読む者の身をすくませ、時に、蝕む、そのことを思い出すこともありえよう。デリダ本人がその著作を書いた折に、大病を患ったのも、おそらく由のないことではあるまい。それらの身振りや思考のうちにひとが見るのは、ひとつの凶々しい誠実さ、ふざけているのかと、遊戯に耽っているのかとみえるほどまでの誠実さがもたらす、ひとつの凶々しさに他ならず、その凶々しさに魅入られた者の命運は、生きながらの死、アンティゴネーがクレオーンによって与えられた、あの生きながらの死、それ以外にはないのかもしれない。

 アンティゴネーの2人の兄のうち、エテオクレース(「真の栄誉を与えられし者」)はその亡骸をしかるべきしきたりに則って埋葬され、弔われた。だが、国を裏切り、兄弟と戦いエテオクレースと刺し違えて亡くなったポリュネイケース(「多くの勝利」)の亡骸は、王であるクレオーンの令により、埋葬もされず弔われもせず、野ざらしにされ、鳥獣が屠るがままにされた。

 クレオーンのこの行為は、われわれがそれを「書く」ということだと常識的に思っている行為、誰かの「語り下ろし」を「写す」という行為に他ならない。メルヴィルの『代書人バートルビー』のあのバートルビーならば、I would prefer not to. 「せずにすめばありがたいのですが」と言うに違いない、そうした行いでもある。「それは書くという行為ではない」。語ることを通じて、殺戮された言葉を、埋葬され弔われるべきものとそうでないものとに分ける統制の身振りが、もちろん、それは何よりもまず「近代国家」によって繰り返し行われてきた身振りであるのだが、それが「書く」という行為なのだ、と、われわれは疑うことがない。たとえば、それがたとえフーコーやドゥルーズの名のもとに「近代国家」を批判する文章であっても、その批判という行為それ自体において「近代国家」の統制の身振りが繰り返されていることに鈍感な文章は、いたるところに流通し、遍在している。そのように言葉を分けることが、その言葉を使い得たかもしれない他者、それはいつかどこかで私でもあるだろう他者である、を殺し、埋葬もせず、弔いもしない、そうした「はしたなさ」を露呈させていることに無自覚である限り、ひとはクレオーンとなることをやめられない。なるほど、それは、埋葬し弔うことをまったく行っていないわけではない。誰かがどこかで殺した言葉の亡骸を抱き起こし、拾い上げ、四角い桝目に安置し、埋める、それはひとつの埋葬であり、弔いである。しかし、そのことによって、他の誰かを埋葬し弔うことを禁じていないかどうか、その「禁止」に対してどのように自分がふるまっているか、「語らないことの困難さ」と「書くことの不可能性」にどこまで抗いえているか、それを誰かから問われることなしに、そして、その誰かに対するとりあえずの答えを記すことなしに、「書く」があるのか。アンティゴネーはそう問いかける。

 統制に逆らいアンティゴネーは、打ち捨てられ、野ざらしにされ、鳥獣が屠るがままになった言葉の亡骸を抱き起こし、拾い上げ、埋葬し弔う。「書く」とはそういうことではないか。統制によって殺戮されたあの言葉たちの無惨さに自覚的であるものだけに可能な、そうした行為、それが「書く」ということであり、われわれは、埋葬され弔われるべき言葉とそうでない言葉とを分けることなく何かを「書く」ことが困難であり、おそらくは不可能であることに、意識的であろうとすることなしに、何かを批判することなどできないのではないか。アンティゴネーが打ち捨てられ、野ざらしにされ、鳥獣の屠るがままにされたポリュネイケースの亡骸に土をかけ、埋め弔うという行為が、そして、クレオーンに「おまえがやったのか」と問われ、「はい私がやりました、やってないとは申しません」、「私は私の行いを打ち消したりはしません」とアンティゴネーが答える行為が、クレオーンへの批判たりうるとすればそれは、アンティゴネーが行った行為が「書く」という行為に他ならないからではないか。

クレオーンは闘うアンティゴネーのそのふるまいを恐れながら、二度笑いものにする。一度目は、その埋葬行為を行ったのがアンティゴネーだとはまだ知らぬときに。彼がすでに出した令に従い、アンティゴネーがこしらえたポリュネイケースの墓は暴かれ、彼の亡骸はふたたび晒し者にされる。アンティゴネーが「いくら書いても」無駄なのだ、とクレオーンは笑う。

そのふるまいは、われわれが「読む」という行為だと通常考えているものに該当する。目の前の文章が隠している意味をヴェールをはぐように暴き立て、あるいは、書き手の隠された意図を探り当てること、「解釈する」こと、それが「読む」だと、われわれは信じている。そうではないだろう、と『テクストの快楽』の著者ならば穏やかに言うだろうし、あるいは、『マラルメの想像的宇宙』の著者、そして、『かたちの生命』の著者もまた、同じように穏やかに口にするはずだ。「それは読むという行為ではない」。そして、アンティゴネーもまた、そうではない、とふるまいを通じてはっきりと断言し、主張する。

アンティゴネーはまたもや晒し者にされたポリュネイケースをふたたび埋葬し弔う。一度目のアンティゴネーの埋葬し弔う行為が「書く」であるならば、この反復された行為はまずは「書き直す」という行為であるといえるが、それはまた「読む」という行為でもある。一度目にこしらえた墓を再現しようとするのではなく、反復しようと試みること。墓の痕跡に瞳を凝らし、もう一度墓をこしらえようとすること。そのとき、墓は一度目にこしらえられた墓だけでなく、これまでにどこかで誰かの手によりこしらえられた墓、そして、これからどこかで誰かの手によりこしらえられるであろう墓に似る。墓は、今、ここ、とは違う、いつか、どこかへと縦横無尽につながりながら、それでも、今、ここにとどまり続ける。「読む」というのは、そうした墓たちのつながりに瞳を凝らすことだ。深さのない表面に繰り広げられる墓たちのつながりに、ただただ、ひたすらに。

「書き、読む」アンティゴネーをクレオーンはもう一度笑いものにし、嘲る。自分が「男でなくなることに」怯えながら。「私の生きている間は、女の勝手にはさせぬぞ」と強がりながら。そして、アンティゴネーに生きながらの死が与えられる。その直前に、アンティゴネーが口にした言葉を、はたしてひとは憶えているだろうか。


私は憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついたもの


 私は、今、何かを書いたのだろうか。そして、何かを読んだのだろうか。アンティゴネーのように。もし、それができたのだとしたら、この文章に署名された名は、誰の名なのだろう。そこに記されたのは目に見える「私の名」だけでしかなく、そしてその「私の名」は「私だけの名」でしかないのだろうか。その名が、「アンティゴネー」という署名でもあることを望むのは、書く者の夢ではないか。クレオーンが決して見ることのない夢。アンティゴネーが自分の名が「ポリュネイケース」でもあることを夢見たように、私の名が「アンティゴネー」でもあることを夢見ること。

 言葉を殺すことなしに、何も語ることはできないし、考えることはできない。「私」とはそうした殺害行為の果てに生まれた何者かだ。「私」はつねにすでにクレオーンの亡霊に取り憑かれている。それ以外の「私」はどこにもいないのだろうか。「憎しみを頒けるのではなく、愛を頒けると生まれついた私」。生きながらの死を与えられ、自ら首をくくったアンティゴネーの行いを反復するのは、婚約者アンティゴネーの死を悲しみ自害したハイモーンの死の報せ、おそらくは赤い血にまみれ、その血の赤でアンティゴネーの亡骸をも染めたであろうその愛する息子の死の報せを受けたクレオーンの妻であるエウリュディケー(「寛き正義」)である。彼女と「同じ名」をもつ、もうひとりのエウリュディケーが、その問い、もはやアンティゴネーには問いかけようのない問い、に答えてくれるかもしれない。だが、それはまた別の物語である。